風薫る5月です。
体育の秋とは言いますが、この季節の方が気持ちいいのでは?
湿度が少なく、爽やかな気候だと、カラダを動かしたくなります。
私の時代、運動会と言えば、秋!だったのですが。
最近では、学校の運動会も春に開催することも多いようです。
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ある小学校の運動会を見学してきました。
校庭の中央にあるトラックで、陸上競技が行われます。
他にも、創作ダンスや、組体操、応援合戦なども披露されます。
その周りに、待機の児童が声をあげて応援しています。
先生や父兄、近隣住民なども、温かく見守っています。
その光景は、我々のころとなんら変わらないものです。
心配していたことがあります。
運動会であっても、競争を重視しない。
ゆとり教育は終わりを迎えるものの、子供同士の間に差が生まれないように配慮する。
カラダを動かすことが大好きなはずの子供たちが輝く場所では、無くなっている。
報道などで、耳にしていたからです。
国際競争力が低下した原因を、このようなところに求める声も。
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私が実際に目にした光景は、そうではありませんでした。
ゴール前でビリの子供を待って、手をつないでゴールする。
そんな予定調和など、一切ありません。
小さなカラダを振り絞って、パワーや情熱を、運動会に注ぐ。
当たり前のようで、少しほっとする、子供たちの姿でした。
徒競走で1番になれば、1番の待機場所に誘導されます。
2番なら2番、ビリならビリの待機場所です。
1番になった子供たち。
誘導係に、金色の1番シールを貼ってもらう。
誇らしげで、晴れがましい表情。
こんなところからも、生きていく自信が生まれてくるのでしょう。
この自信が、自分を肯定するパワーに変わって行く。
悔しい思いをしたら、それをバネに強くなる。
リバウンドメンタリティを手に入れるチャンス!
周りのサポートが必要かどうか、見極めたい。
一緒になって、悔しがるだけでいい時もありますから。
励ましたり、なぐさめるだけが、フォローではない。
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クラス対抗のリレーも行われていました。
クラスで数人の選ばれたメンバーだけが、出場するようです。
午前の部最後、午後の部最後に行われ、盛り上がる種目のようでした。
選手たちは、もちろん一番を目指して、必死にバトンをつないでいきました。
私は、少し気になることがあったので、学校の方に質問してみました。
「リレーの選手は、どのように決めているのですか?」
我々の頃は、クラスで一番速い人間が、当然のようにリレーの選手になっていました。
決定戦をしてメンバーを決めることもあれば、50M走のタイムで決めることもありました。
さて、現在は?
「クラスによって違いますが、」の前置きの後、丁寧に答えてくれました。
「全員が一列になって競争して決めたクラスもあれば、50M走のタイムで決めたクラスもある」
「とにかく、速い子を選抜してます」
「そして、昼休みにリレーの練習を何度もさせて、本番に臨んでいます」
そう、本気も本気なのです。
心の底から安心しました。
見せ掛けだけ、競争させているわけではなかったからです。
純粋に、子供たちが能力を発揮しようとしている。
先生方も、そのサポートをしている。
そこには、まっとうな競争がありました。
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運動が、苦手な子は、つらい一日を過ごしたかもしれません。
その子供には、大人のフォローが必要なこともあります。
出来なくても、真剣に取り組むことの素晴らしさ。
自分たちの代表を応援する意義。
最後まで駆け抜ける重要さ。
1番になることだけが、運動会の全てではないことを伝えてあげたい。
そして、ビリになった子でも違うステージで輝ける可能性があります。
勉強や文化祭、係活動、委員会など、学校生活は、運動会で無い日の方が多い。
決して、卑屈になることなどない、と気づかせてあげる。
小さな事件がありました。
リレーの時に、転んで順位を落としてしまった子供がいました。
しかも、1位になりそうなその瞬間に、すっ転んでしまった。
リレーの待機場所で、沈んだような、悔しそうな顔で、リレーの続きをボーと見ていました。
すると、そこに近付く影があるのです。
チームも、学年も、性別も違う、何の接点も無い子供です。
(後で、確認してみました)
その子は、肩をたたきながら、何か言葉を掛けて、励ましているようでした。
次の瞬間、沈んでいた子供は、前を向いて応援を始めたのです。
これ以上、何一つ説明のない、小さくほほえましい事件でした。
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スポーツでの競走は、健全な競争である。
健全で真剣な競争を通してのみ、得られる体験があるのでしょう。
我々大人は、変にびくびくする必要はないかもしれない。
子供たちは、強い。
子供たちだけの環境なら、自然に役割分担も生まれて行く。
大きく踏み外しそうな時に、助けになれれば。
フットボールの世界ではどうか。
健全で、真剣な競争が行われているのか。
コーチは、その環境を整備しているのか。
競争の中でも、子供たちを温かく見守り、励まし、働きかけれているのか。
競技を教えるだけではなく、人生に関わっていることを忘れてはならない。
この文章に自戒を込めて。
2010年05月25日
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