2012年01月17日

私も1歳

 元々、本を読むことは幼い頃から好きだった記憶があります。

図書館に通ったり、新聞を読んだり。

コーチを天職に定めてからは、さらに知識収集欲が高まりました。

何か気になる分野があれば、深く物事を知りたい。

その思いは、幼い頃からずっーと継続しています。

欲張りなのでしょうか。

今は、フットボール、コーチング、教育、栄養・料理あたりにその興味が向いています。








 本を読むと、自分の経験していない世界を見ることが出来る。

字を読んで、想像を膨らませる。

子供の頃、一番好きだったのは、シャーロックホームズのシリーズでした。

はるか遠いロンドン、しかも百年以上も前のお話。

なぜか、ホームズの活躍に憧れを抱きました。

ドキドキしながらページをめくっていたのが、懐かしい記憶です。

これが、本を好きになった大きな理由かもしれないです。







 そして本は、特別な言葉との出会いがあります。

高みに達した多くの偉人や、トップレベルで活躍する著名人。

その方々が掴み、得た体験。

だからこそ、発することが出来る考え、そして言葉。

普通に生きているだけでは、気付けないような内容が溢れています。

それらの本にある言葉の一つ一つが、私の血となり、肉となっています。








 私が強く印象に残っている言葉があります。

「母親としては、1歳」

これは、テニスで活躍した杉山愛さんの母、杉山芙沙子さんの言葉です。

大人の目線で、大人の価値観をそのまま子供にぶつけてしまいがち。

子供のためにしようとしていたことなのに、大人の基準で考えて、イライラをぶつけてしまう。

(なぜ、こんなことも出来ないのか!?)

杉山愛さんは、芙沙子さんが26歳の時の子供です。

でも、26歳として接するのではなく、新米ママとして接することを心がけていたそうです。

子供(愛)が1歳なら、自分も母親1歳。

自分も、母親としては1年しか経験が無いのだから、偉そうに出来るわけではない。








 この考え方。

口で言うのは簡単ですが、実行することは、とても、とても難しいことです。

プライドや、立場が邪魔をしてしまうのでしょう。

私はこの言葉を、プロとしてのコーチを始めて数年の時に、知りました。

例え、10年、20年フットボールをプレーしていたとしても、コーチとしては新米に過ぎない。

コーチの資格を取って、7・8年は経っていたが、プロとしてはまだ数年。

もっと、もっと、することがあるのではないか。

自分のお尻を叩いてくれた、貴重な言葉でした。







 最近、彼女の本が発売されました。

すると、そこには、その考えが記されていました。

しかも、グレードアップして!

・・・長女の愛の時も、次女の舞の時も、私はこのように考えて子育てをしていました。

「愛が1歳の時に私は『愛の母親』として1歳ですし、

 舞が1歳の時にはやはり『舞の母親』として1歳なのだと思っていた。」

過去の経験や成功を押し付けるのではなく、今の対象を観ていた。

そして、2人を比べるのではなく、それぞれ一人一人の特性に合わせていた。






 この言葉は、さらに強く、私の胸に刻まれました。

自分が何年の経験を積み重ねたしても、目の前の新しい選手に対しては、新米コーチ。

経験や、実績を自慢しても、その選手には関係ない話。

今、出会った、この選手と、どのように接していくことが出来るのか?

常にフレッシュであり続ける心を、忘れずに。
posted by プロコーチ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コーチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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