「日本の子供は、規律正しい」
外国のコーチと仕事をすると、必ずといっていいほど、このように言われます。
ところが、試合においては、戦術的行動を取れない。
ピッチにおける約束事を守れない。
相手選手に囲まれても、ドリブルをして奪われる。
ゴールから遠い位置でも、近い位置でもプレーが変わらない。
規律正しいはずなのですが、規律を守れていない。
おそらく我々は、儒教の教えが、生活に根付いている。
昔に比べると、薄れてきているでしょう。
人生の先輩方には、「近頃の若い者は!」とお叱りを受けていても。
まだまだ。
年長者を立てる、親を大切にする、先生の話を聞く。
当たり前のように、子供が小さいころから、教えられていることでしょう。
ですから、サッと集合し、コーチの話を聞いている。
この姿を見れば、規律正しい選手たちだと、思われるでしょうね。
一方、個人の権利を最大限に主張する人々も、世の中には多数います。
個人が、自分の考えを強く持ち、自分の権利を主張する。
空気を読んでいては、自分の権利をそこねてしまう。
そうならないように、自分の考えを持ち、相手に伝えていく。
これは、フランスに訪れたとき、何度も感じました。
集団の利益よりも、まずは自分の利益。
自分の権利を脅かされないように、自分の権利を主張する。
スタジアムに向かう混雑、長距離移動の電車、満員のレストラン。
特殊な状況になっても、それは変わるようには感じられませんでした。
先日、私のスクールにヨーロッパ生まれの選手が参加しました。
相手ボールになれば、常に、ボールを奪いにいく。
コースを切って、次に奪わせることはありません。
常に、狩人のように、ボールを狙っていました。
攻撃になれば、とにかく前進。
引っかかろうが、止められようが、とにかく前進。
ゴールに向かって突き進みます。
このような選手に、問いかける必要はなさそうです。
「サッカーの目的はなんですか?攻撃の目的はなんですか?」
常に、常にゴールに向かい、ボールを奪おうとしているからです。
日本の選手は、こうはいきません。
横パスに逃げる、なんとなくドリブルをする。
守備になると、相手の前に立って、コースを切って、おしまい。
そのような選手には、常に発し続けなくてはならない。
「ゴール見てた!?今、前に行けたよね!?」
「もう少し寄せれなかった?」
空気を読みすぎる我々。
儒教の教えが、マイナスに働いてしまっているのでしょうか?
典型的な日本人に対しては、もっと、自分の権利を強く主張しても、いいのかもしれません。
ヨーロッパからの受講生。
ボールタッチは固く、動きも滑らかではありません。
日本人が考える「うまい」選手ではないでしょう。
でも、間違いなく「怖い」選手でした。
彼に指導するなら、ポゼッションや、攻撃の優先順位を身につけさせたいですね。
そうなれば、怖さと賢さとを併せ持った、いいアタッカーになってくれるでしょう。
もちろん、日本人の中にも、ボールを奪える、ゴールに向かえる選手もいます。
そして、その逆も。
スタートの違いを見ることで、指導のアプローチを変えていきたい。
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